大阪地方裁判所 平成6年(ワ)3357号 判決 1996年1月29日
主文
1 被告中たま子は、原告らに対し、それぞれ各金七七万二五〇〇円及びこれに対する平成六年四月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、原告らと被告中たま子に生じた費用の各三分の一を被告中たま子の負担とし、被告中一平に生じた費用と原告ら及び被告中たま子に生じたその余の費用を原告らの負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
理由
一 賃貸借契約等、本件失火及び解除の意思表示
請求原因1の事実及び本件失火による焼損の面積以外の同2の事実及び同4の事実は、当事者間に争いがない。
ところで、建物の賃借人は、賃借建物を善良な管理者の注意義務をもって使用すべく、賃貸目的に従った通常の使用による損耗を超えて、賃借物件を故意又は過失により毀損することは、賃借人の賃貸人に対する債務不履行となるところ、右争いのない事実と被告中たま子の証言により認められる事実によれば、本件失火の原因は、被告たま子が点火したコンロに天麩羅油の入った鍋をかけ、それを失念した過失により、過熱した油から発火し、本件失火とその消火活動によって、本件建物の一部が焼損し、水損を受けたというのであるから、被告たま子には、右注意義務に反した債務不履行があり、同人の右過失は、必ずしも軽微なものとはいえない。
二 背信性
1 本件失火に至った事情
《証拠略》によれば、本件失火に至った事情については、被告たま子の孫(三女の長男)が盲腸の手術をしたのは入院当日の平成五年六月二八日であること、被告たま子は、本件建物の一階北東角にある台所で、前日に使った天麩羅油を容器に移し易くするため、油の入った鍋をコンロにかけ点火したこと、その後、「まみ」は、右一階の表側(西側)自転車置場の中央付近で、小さい梯子を上下して遊んでいたが、時々、外へ駆け出すので、被告たま子は、本件建物の入口に立って、「まみ」を見張っていたこと、出火時間は午後四時二五分ごろであること及び抗弁1の事実の本件失火に至った事情のうち、右認定と抵触しない各事実が認められる。
2 本件失火によって受けた本件建物等の損傷と程度
《証拠略》によれば、本件建物は、二階建連棟の建物の南端の建物で、その内部は、別紙図面記載のとおりで、一階の西半分は被告たま子が営む自転車販売、修理の店舗で自転車が置かれ、東半分は居間と台所、風呂便所で、二階は寝室と居間であること、本件失火による本件建物の焼損部分、表面焼損部分及び水損部分は、右図面記載のとおりで、右焼損部分は台所の壁面と天井で相当強く焼けており、右表面焼損部分は一階の東側約三分の一と二階の東南部押入れ、右水損部分は本件建物の一、二階の東半分であることが認められる。
《証拠略》によれば、右台所のコンロの上部の梁が一部炭化している他は、右火勢の強かった台所上部の木材構造物も表面は炭化していること、消火活動としての排煙のため、本件建物の屋根及び野地板の一部に穴が開けられたこと、本件建物の北側隣家の二階東側のベランダにあった物置、塩化ビニール製屋根が焼損し、一、二階にほぼ水損が生じた(二階の一部には煙損もあり)ことが認められるが、本件建物の全焼損面積は三七平方メートルで、このうち損傷の大きい台所部分の焼損の面積は約三平方メートルであることが認められる。
3 損傷部分の回復
《証拠略》によれば、被告らは、費用を二〇〇万円かけて、台所上部の約一・五メートルの梁一本を取り替え、それ以外は壁面等を部分的に補修し、屋根を修理したこと、これらの修理によって、損傷前に比較して、本件建物の強度が強化されているとはいえないが、ほぼ従前の程度に回復されていることが認められる。
原告らは、本件失火の約六日後に本件賃貸借契約の解除の意思表示をしているが、《証拠略》によれば、被告らは、その後、右修理をしていること、しかし、被告たま子は原告らに対し修理をさせてほしいと申し入れ、これに対し、原告らは追って通知すると答えたまま、この申し入れに応答しなかったことが認められる。
隣家の損傷の回復については、《証拠略》によれば、原告らがこれを行ったことが認められ、《証拠略》によれば、被告らは、原告らに対し、右回復工事に要した費用を支払っていないことが認められるが、《証拠略》によれば、被告らは、右費用の支払資金を、被告ら訴訟代理人に預託し、右支払の意思のあることが認められる。
4 その他の事情
《証拠略》によれば、被告たま子の夫の先代は、大正時代に本件建物を賃借し、以後、被告たま子の夫、次いで被告らが賃借して本件建物に居住し、自転車店を営んできたものであって、現在、自転車店は七〇歳の被告たま子が細々としており、被告中一平は、独身で会社に勤務していること、被告ら側では、右先代の賃借以来、賃料の不払など債務の不履行はなかったこと、原告らは、昭和六三年九月ごろ、本件建物とその敷地を取得したことが認められ、この事実によれば、原告らは、会社の営業行為として賃貸していることが推認できる。
5 前認定のとおり、本件失火は被告たま子の過失による債務不履行に当たり、右過失も軽微であるとはいえないが、右1ないし4の各認定事実を総合し、彼此勘案すると、右債務不履行によっても、原告らと被告らとの本件賃貸借契約の基礎となる信頼関係は未だ損なわれてはいないというべきである。
そうすると、原告らは、本件失火及びその結果を理由として、本件賃貸借契約を解除することはできない。
三 隣家の修繕立替金
原告らが本件失火による本件建物の隣家の損傷回復工事を行ったことは、既に認定したとおりであり、前認定の事実によれば、右隣家の損傷は、被告たま子の重過失によるものであるから、被告たま子がその損害を賠償すべき義務があるところ、原告らがこれを填補しているものである。そして、《証拠略》によれば、その費用は一五四万五〇〇〇円であることが認められ(隣家に与えた右損害が被告らの債務不履行による損害とはいえない)、原告らの右工事費用の出捐によって、被告たま子は同額の利益を得ているものである。
したがって、被告たま子は、原告らに対し、それぞれ右費用の各二分の一である七七万二五〇〇円を支払う義務がある。
《証拠略》によれば、原告らは、右工事の他、隣家について追加工事をしていることが認められるが、右甲第五号証の一と第六号証の工事内容を比較すると、右追加工事の全部又は一部が本件失火による損傷の回復に必要な工事であったかについては疑問があり、他に右必要工事であったことを認めうる証拠はない。
四 結論
よって、原告らが被告らに対し、本件建物の明渡しと連帯して平成五年八月一日から明渡しずみまでの賃料相当損害金の支払を求める請求は理由がないからこれを棄却し、連帯して右隣家の損傷回復工事費用の立替金の返還を求める請求は、原告らがそれぞれ、被告たま子に対し、各七七万二五〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成六年四月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告たま子に対するその余の請求及び被告中一平に対する右請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岩谷憲一)